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モトモト




何をしたらいいかわからなかった。
だって、みんなが水浸しになって泣いていたから。
泣くなと言っても泣くだろうし。

雨さえあがれば、すぐに泣き止むのだろうと思っていた。
習性として。
僕の家族はいつもそうだから。


そう、習性として。
僕の家族は雨が降ると泣き出す。


泣くと言っても、顔がぐしゃぐしゃになるとか、
息が喉の奥でぐぐっとつまるとか、
そういう類の泣き方じゃない。
ただ、スイッチが入って、ひたすら涙が出てくるのだ。
悲しいというより、泣くことに抵抗しないという感じだ。
雨が降るとそうなる。


僕が知る限り、他の動物はどうも違うみたいだ。
隣のレトリバーは大きな傘をさす。
モグラは本を持って自慢の地下室に降りていくし、
シマリスは駅前のカフェで雨宿りをする。

つまり、みんな泣かない用意をする。



モトモトは泣く。


僕らはあまり世間では有名じゃない動物の種類で、
「モトモト」という。
変な名前だとよく言われる。

マルボーロ目・タール科・モトモト
が、正式名称。
見た目は犬に近い。色は白い。
気性は優しい。


モトモトの仲間はだいたい鉄橋の見える丘に住んでいて、
電車が鉄橋を通る音に合わせて歌うのが好きだ。
その声はゴォーという音にかきけされて、丘の下までは聞こえない。
もう827歳になる長老は
「モトモトはシャイな動物だからな」
と言っていたが、少なくとも長老と僕はシャイではない。

僕が思うに、みんな歌が下手なだけだと思う。
モトモトである僕でさえ、モトモトの歌う声をまともに聞いたことがない。
歌うことは難しい。


だから歌がうまい動物は素敵だと思う。
天気がいいと聞こえてくる声を聴くと、
すごいな、と思う。



こんなことを話すのは、昨日のことを思い出したからだ。


昨日は一日晴れていた。
本当に暖かくていい天気で、川沿いの土手を散歩していたら、コザクラインコを見かけた。
「久しぶり。」
「あ、モトモト。こんにちわ。」
「いい天気だね。」
「ホント、気持ちいい。歌っていい?」
「いいよ。」

コザクラインコはよく歌う。
長いときは5分も10分も歌ってる。
でも今日は歌の途中でフッと息を止め、振り向いた。

「知ってた?昨日隣町のジャコウネズミ花火工場が爆発したんだって。」
「爆発?」
「そう。突然ネズミたちがじゃわじゃわと工場から溢れ出てきたんだって。最後の1ッぴきが出た5秒後に爆発!ずーっとお祭りの音がしてたって聞いたよ。バーンババンって。」
「コワイなぁ。」
「なんで。楽しそうじゃん。」
「だって、爆発だよ?爆発でしょ?」
「お祭りだよー。」

僕の頭の中には、
コンクリートや鉄管がはじけとび、赤い悲鳴をあげて工場が壊れていく映像があって、

たぶんコザクラインコの頭の中には、
鮮やかな色の花火が、工場祭りのように無数に打ち上げられている映像があったのだろう。

コザクラインコは首をかしげた。
「うーん、どうしてかな。モトモトは泣き虫だからかなぁ。」
「そんなことないよ。」
コザクラインコは、めちゃくちゃ泣き虫のくせにと笑って、また歌った。



そして、今日の話。

今日は朝から雨が降っていた。
目が覚めたら全身が濡れていて、
それに気がついたときいつものようにぼろぼろと涙がでてきていた。
モトモトである僕らはそれが習性だから、当たり前のようにみんなそんな状態で、
「おはよう。」
と声をかけあった。
「ずぶ濡れだね。」
「ホントだ。」

いつもと同じで、僕らは散々泣いた。
いつもと違ったのは、丘から見えるはずの鉄橋がなくなっていたことだった。
涙のせいで見えにくくなっているわけじゃなかった。
ごっそりとなくなっていた。
その代わりそこには、渦を巻いたコーヒー牛乳が荒れ狂っていた。
洪水だ。
強い雨がずっと降り続けて、その勢いはいつまでも止まらなかった。


いろんな家や物がぐちゃぐちゃになっていた。
こんなことは初めてだ。



何をしたらいいかわからなかった。
だって、みんなが水浸しになって泣いていたから。
泣くなと言っても泣くだろうし。

レトリバーも、モグラも、シマリスも。
コザクラインコも泣いていた。
僕ら以外の動物が泣くのを初めて見た。

でも、晴れればすぐに泣き止むのだろうと思っていた。
習性として。
僕の家族はいつもそうだから。


みんな息ができなくなるぐらいしゃくりあげて泣いていて、
苦しそうで見ていられなかったけど、
僕はいつも悲しくて泣いてるわけじゃなかったから、
泣かなくなる方法を教えてあげることもできなかった。
コザクラインコも目を真っ赤にして、嗚咽していた。


とにかく雨があがるといいな、と思った。
雨が上がれば、自然と泣かなくなる。




今日が過ぎた。


次の日は、晴れた。
雲もなくて、空の色も濃い青で、とてもいい日だった。

僕はすっかり涙も体も乾いて、うきうきしながら町へでた。
鼻歌を歌ってみたけど、ぶつぶつ呟くような音しかでなくてやめた。
今度コザクラインコに歌を教えてもらおう。

木の枝や、ぼろぼろになった家の破片が辺りに転がっていた。
折れ曲がった自転車や、水浸しになった誰かの教科書、
泥だらけになったお菓子の袋や、空のCDケースなんかも散らばっていた。


勢いは落ち着いたけど、まだ濁った茶色い川を見て、
僕は、やっぱりコーヒー牛乳みたいだ、と思った。


少し高台になったところに、たくさんの動物が避難していた。
僕は手を振った。でも反応がない。

レトリバーがぼんやりと宙を見ている。
モグラもシマリスも、疲れた顔でぐったりしている。

コザクラインコがまだ泣いている。

僕はいそいで高台にかけのぼり、声をかけた。
「どうして泣いてるの。」
コザクラインコが泣きすぎで腫れた目を大きくしてびっくりした顔をした。
「どうしてって、どうしてそんなこと聞くの?」
「雨が上がったのに、泣いてるから。」
「だって、町がめちゃくちゃになったでしょ。」
僕は町を見下ろした。
「うん。でも、なんでまだ泣いてるの?」
コザクラインコは今までで見たこともないような悲しい顔をした。
それで、もっと泣いた。


ショックだった。
なんでそんな風にしてしまったのかわからなかった。
とぼとぼと高台を降りる途中、背後でモグラの声がした。
『何しにきたんだろうね。』
シマリスの声がした。
『しょーがないよ、あいつモトモトだもん。』
僕は半分振り向いてみた、
でも2人の姿を確認する勇気がなくて、そのまま歩き去った。





モトモトか。


僕は「モトモト」について調べてみた。

正式名称:
マルボーロ目・タール科・モトモト

見た目は犬に近い。色は白い。
気性は優しい。

生息地は河川や海に近い丘。
魚や穀物を好んで食べる。
天敵は無し。同種間の争いも見られない。
ウイルスや病原菌に対する抵抗力も強く、
極めて長く生きることで有名。
鳴き声は不明。



知りたいのはこんなことじゃない。
モトモトが雨に泣くことについてだ。
そして、雨がやむと泣きやむことについて。



「何してるんだ。」
僕が動物図鑑を抱えて丸まっていると、長老がそれを覗き込んだ。

「なんだ、自分のことなんか調べて。気持ち悪いやつだな。」
「違います。コザクラインコを泣かせてしまって、その理由がわからなくて。」
「恋かな。」
「違います。長老、教えてください。」
「ふむ。827年前までのことだったら何でも教えてやれるぞ。」
「モトモトが雨に泣くことについてです。」
「それは、わからん。」

長老は僕の肩にぽんと手をおいてからどこかへ行ってしまった。
なんだよ。長老のくせに。

僕がふてくされて寝ているところへ長老は再びやってきた。
白い粉をふいたような重そうな本を抱えていた。

「お前が私に聞いたのは、827年前よりもっともっと昔の話だからな。モトモトに伝わる古い本を持ってきてやった。」


カビ臭い。
本には、文字がなかった。
多分昔の絵描きが一枚一枚丁寧に描いて仕上げたんだろう。


僕はその本を、10時間かけて読んだ。
絵のひとつひとつに、ずっしりと歴史が練りこまれていて、
頭の中がいくつもの時代の映像でぐっちゃぐちゃになった。



本を閉じて、大きく息をついた。結局、わからなかった。

僕は、ふてくされて寝た。





夢を見た。

まだ町も工場も鉄橋もない時代だ。
広い草原に、モトモトの先祖が群れをなしていた。
突然雨が降って、洪水になって、みんな溺れてしまった。
なぜか、僕はその場所にいてたった一匹生き残った。
雨の中で、泣いていた。

雨があがった。
何もなくなった草原に日が射した。
誰もいなかった。




目が覚めた。


そうか、泣くのなんてくだらないんだな。
でも、習性として残っている。
泣かないことも、同じ。


習性として。





コザクラインコに会いに行ったら、彼女はまた泣いてしまうだろうか。
『きみはモトモトだから』って
笑って許してくれるかな。



明日雨が降るといいなぁ。
そしたらたぶん僕は、いつものように泣くだろうから。
こないだのこと、許してくれるかもしれない。


そしたら歌を教えてもらおう。




僕は本を枕にして、もう一度827年より昔の夢を見た。
昔のモトモトもやっぱり歌が下手だった。













by Dasein100-1 | 2005-05-25 01:12 | 024 モトモト