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047





マリオ




1き増えた。

田中んちのちょっと先にある「マンデー」っていうスーパーの、
ブロック塀に沿って歩いていくと1UPのポイントがあって、

ピロリロリロ~
ってあの音がする。

それに気づいてしまった俺は1き増えた。


たいして珍しいことじゃないと思うかもしれないけれど、
この世の中でリアルに起こるのはまれなんだ。


例えば立派な口髭を生やしたおっさんが主人公の世界では
よく起こる出来事だと認めよう。

奴らにしたら「1き」増えることなんて、たいして珍しくもない。


でも俺は生まれつき色が白く、あごにざわつく程度しか髭の生えない22歳の人間で、
頭の悪そうな怪獣にさらわれた女を助けに行くほど元気じゃないし、
兄弟で色違いのオーバーオールを着るようなセンスも持ち得ていない。


そんな俺が「1き」増えるなんてことは、
この世の中にしたら非常に驚くべきことだ。


アーモンドチョコレートの20%増量中なんてめじゃない。
シャンプーにお試しようのミニボトルトリートメントがついているのなんてめじゃない。


クローンや人間冷凍保存なんかより、よっぽどすごい。
その気になれば「NEWS23」にでれる。

まぁ俺は周りが思うほど目立ちたがりじゃないから、
そんなことはしない。


でも少しだけ考えた。
いや正直言うと激しく、妄想した。

何をしよう。




「アイ キャン フライ!」
て叫んでビルの5階から飛び降りてみようか。


どうしても人を殺してみたかった
なんていう頭のネジがぶっ飛んでしまった奴の標的になって、
その欲望がどんだけ空しいものか試させてやろうか。



新薬の被験者に立候補して、
試験に使用される予定だった大量の実験動物達を救い出して、
動物愛護団体のアイドルになるってのはどうかな。


テロリストに捕まって、
というか捕まえてもらって、
こめかみに銃口がくちづけしたところを
ネットで公開生放送されるのも悲劇的で刺激的だ。


地雷を素手で掘ってみようかな。







さて。

結局ね。

この不意に増えた「1き」の使い道を
俺は自分で決められない。

悪いことをするにしても、良いことをするにしても、
どんなことをすればいいのか
正直わからない。

どうすればいいと思う?






「くだらない。」

サオリはスプーンをなめた。

「それに、つまんない。」

そのスプーンをまたヨーグルトに沈めた。
サオリはこの手の話に飽きている。

まるで興味がないといった顔で、15分もかけてヨーグルトを食べている。
綺麗に食べ終わった後は、ソファーに首を仰け反らせて寝る予定らしい。

そして、予定通りの行動を実行した。


1DKのサオリの部屋は狭い。
赤いソファーは見た目はいかにもハイセンスなインテリア家具で、
驚くほど寝心地が悪い。
そんなソファーでいつもサオリは寝ている。


俺は暇になり、床にあるテレビを点けた。
まぁでもたいして面白くもなくてまた暇になり、
その辺に転がっていたananをめくった。

さらに15分経ち。


『特集:女の魔力 -本気を伝える目ヂカラ-』
というページをめくっているとき、

急にむくっと起き上がったサオリは、
半目の状態で俺のほうを向いて、
「何があるかわかんないし、とっておいたら?」
と言った。


半目のサオリは気持ち悪いなぁと思った俺は、
それにばかり気をとられて、
サオリの言うことがさっぱりわからず、
「なんのこと?」とたずねた。


「2きあるんだったら、無茶せずにとっておいたら?」


そのことか。もう全く興味ないのかと思った。


「とっておく…ね。」

「だって、もうあと1きしかない、ってときは緊張するでしょ。」

ようやく目が全開して、まともな顔になったサオリが、
やけに真剣に言う。


「つまりみんな1回失敗したら終わりだって
 ドキドキしながら生きてて、実際ほんのちょっとのことで死んじゃうでしょ。
 2きあるんだったら余計に慎重に使ったほうがいいって。」

「うーん。」

「ほら、次の面に進める可能性も高くなるわけだし。ね。」

やけに熱心に言う。

「そうだなぁ。じゃ、とっておくか。」

「よかった。俊がまだ2きあるって思ったら安心した。」



サオリは満足そうに頷き、またソファーに埋もれた。
さっきまでバカにしてたくせに、この変容っぷりはなんなんだろう。



「俊が夢でさ、死んでんだもん。Bダッシュして、ポトッって穴に落ちてんだもん。」

なに?

「変な帽子かぶって、変な服着て、バカみたいにダッシュして、ポトッて。
 悲しかった。」

サオリは本当に悲しそうな顔をしていたが、
夢の中で勝手に殺された俺は激しくイラッとして、
長く柔らかい髪からはみだしているその耳を思いっきり引っ張ってろうと
ソファーを覗き込んだ。

そのとき、
床に置いたananに足を滑らせ、
後頭部を激しくちゃぶ台の角にぶつけた。



ひどく流血した。

救急車に運ばれた。

そして生死をさまよった。

そのときのことはあんまり覚えてない。
ポトッと穴に落ちたような感覚だった。





病院にかけつけた親族やら友達やらの前で、
サオリは鼻歌交じりに
「大丈夫、まだあと1きあるから。」
と言って、待合室にあったマンガを読んでいたらしい。


とんでもなく変わった女だと、
手術が終わるまで遠巻きにして誰もサオリのことを構わずにいたが、
ようやく手術室の電気が消え、医者が出てきて、
緊迫したこの場を解くにふさわしい言葉を発すると、

遠くのイスで1人膝を抱えてマンガを読んでいたサオリが突然、
ガタガタと震えだし、手からそれを床に落とし、
わーんと泣き出した。


そんな病院での劇的であからさまな展開により、
そもそも1UPがどうとかいうくだらない話をしていて、
ananで足を滑らし、
ちゃぶ台に頭をぶつけて死にかけたということについては
あまり触れられることがなく、
俺はこの世に戻ってきた。






ホントに、ちょっとしたことで死んじゃうかもしれないんだなぁ。


「うざい。」

サオリはスプーンをなめた。

「それに、うざい。」

そのスプーンをまたヨーグルトに沈めた。
サオリはこの手の話に飽きている。

俺はまだ病み上がりで、少し弱気になり、
なにかにつけあのときの話を持ち出す。


退院してから1ヶ月経った今、こんな調子で毎日が過ぎている。










ついでに言うと、
田中んちのちょっと先にある「マンデー」っていうスーパーの、
ブロック塀に沿って歩いていくと1UPのポイントがあって、

ピロリロリロ~
ってあの音がするのは本当の話だった。


俺はサオリにうざがられて仕方なく外に出て、
ふらふらと散歩をするつもりであの場所に立ち寄ったんだ。


ピコピコピコピコと、
安っぽい音が聞こえてきた。

あの1UPのポイントで、
センスの悪いオーバーオールを着て、
もじゃもじゃした口髭を生やした小太りなおっさんが、
ブロック塀の辺りを何回も何回も通っていた。

こそこそしながら。ぐるぐる同じところをまわりながら。
何回も何回も。


なんだか滑稽で、可哀想になったから聞いてみた。

「何きになったら満足するんだ?」

おっさんはびっくりして、きょろきょろと周りを見回し、
この場所のことはみんなに言いふらすなよ、と言ってまた走り出した。

「姫はどうしたんだ?」

おっさんは、口をぽかんと開けてこう言った。

忘れてた。
そうだ、姫を助けなきゃ。

そうだそうだ。
この場所のことはみんなに言いふらすなよ、と言ってまた走り出した。


おっさんがぐるぐるまわっているところには蓋の開いたマンホールがあって、
おっさんはそこにポトッと落ちた直後に、
またニョキッとあらわれて、何事もなかったかのように走り出す。
つまり、
1き増やした直後に1き失っているのだけど、
そんなことにも気づかずにぐるぐるぐるぐる同じところをまわっている。




俺は少し禿げてしまった後頭部の傷の辺りをぽりぽり掻いて、
その場をあとにした。

コンビニに寄って、ヨーグルトを買った。

本屋にも寄ろう。

あの一件からananを買わなくなり、
マンガ嫌いになったサオリのために、
とりあえずジャンプを読ませてリハビリをしよう。

そのあとは久しぶりに2人でプレステでもやろうかなんて考えながら、
穴の開いたマンホールに落ちないように気をつけて、
あの電子音を口ずさみながら、歩いた。


あぁだいぶ寒くなってきたなぁ。


日が落ちる。それだけでも胸が苦しくなった。
やけに切なくなって涙がでてきた。


おかしいなぁと思ったけど、
止まらなかった。


マンションについて、サオリに「どうしたの」って驚かれて
「日が落ちるのが切なくって」と言ったら
思いっきり笑われたけど、


それでもまだ切なくって


疲れきって赤いソファーで寝てしまうぐらいまで、
泣いた。

目が覚めたとき、
サオリは俺をソファーから押し出すように横に座っていて
真剣にジャンプを読んでいた。
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by dasein100-1 | 2006-09-07 00:17 | 047 マリオ