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042



空腹




無駄なものは食べることにしている。
それは習慣になってもう2年になる。



買ったのに着ない服。
買ったのに履かない靴。

あまり聞かないCD。読みかけでやめた本。


そういうものは全部食べる。

躊躇せず。

唇を舐めて、歯を軋ませて、音を立てて、
無駄なものを噛み砕く。

そして飲み込む。




今日、コンバースを食べた。
デザインは気に入ってるのに、妙に履き心地が悪くて
ずっとしまっておいた黒いやつだ。


無駄なものに味はない。
重さもない。

胃の中に入ってしまったら何も感じない。


右足のコンバースを飲み込み、
左足のそれを口に含み、靴紐を口の端から垂らしたまま考えた。


いったい僕はどうやって生きているんだ?



無駄なものを食べている割に、身体は引き締まっていた。
いわゆる人間が必要とする成分は、ここのところ全く摂取していない。

でも異常はなく。
空腹さえも感じることはない。

日々の仕事をこなし、
生産的な生活をしている。



絶対に必要なものだけ買うようになった。
だからここには絶対に必要なものだけ在る。


無駄だったものは僕によって全て食い尽くされようとしている。





写真は無駄だな。






「今日何してた?」なんて会話は無駄だな。

感情が無駄だな。




無駄なものは食べることにしている。
それは習慣になってもう2年になる。

おかしいな。



最近常に胃の中が空っぽだ。
それどころか。
肋骨の内側が空っぽだ。

空腹は感じないけれど、これはきっと危険な状態だ。


内臓が砂になって、
身体の中で風が吹いて、
骨と骨の隙間でカサカサと鳴っている。


なんでもいい、何か食べないといけない。
でもこの部屋には絶対に必要なものしかない。




まだなにか残ってるだろう。




殺風景だな。

シンプルで風通しのいい空間だ。





チャイムが鳴った。



開いたドアの前に現れたのは、
僕よりも痩せていて、
無駄どころか必要なものまでないような華奢な女の人だった。


「いるじゃない。」

そりゃいるよ。

僕は声に出さずにつぶやいた。ここは誰の部屋だと思ってるんだ。


「なんでメールも電話も返さないの。」

「昨日はどこにいたの?今日は?」

「どうしたの、何かあった?私が何かした?誰かから何か聞いた?」


頭がじりじりと痛くなってきた。

ただの質問だ。ただ答えればいい。

でも、喉がつかえる。


「どうして何も言わないの?」


苦しくなり、すーっと息を吸うと、
急に途方もない空腹に襲われた。





気がつくと僕は彼女を飲み込んでいた。





それでも胃の中は空っぽだった。

おかしいな。


空腹がおさまらなかった。
皮という皮が体の内部に貼り付いてしまうんじゃないかと思うほど、
何かを欲していて、
頭の中は『無駄なものを食べること』で充満していた。



さっきの彼女は
大事なことを何ひとつ言っていない。
さっきの質問をこれまで何度も繰り返した。
無駄な存在だ。

食べてしまったことは間違っちゃいない。


しかし今までになく喉が乾いている。
胃は果てしなく空洞で、腕にも足にも力が入らない。



身体が風化してくのを感じる。
表面からボロボロと剥がれて、地面に落ちて砂に混じっていく。



100%必要なものだけ残したはずだ。
素晴らしく効率的な完全体に近づいているはずだった。




肋骨も砂に変わろうとしている。
目のレンズに移る景色もノイズ混じりのTVようにざらざらに見えてきた。

不意に風が吹いた。

ざわっという音を立てて僕の身体は空気に散らばって完全に消えた。








そもそも僕はどうして生まれてきたんだ?


飲み込んだはずのモノの余韻だけが残っている。


例えばコンバースの靴紐が。

僕自身が消えてしまったのに、
空気に混じってなぜかそんなものの形骸だけが残っている。

空気に混じって、例えば彼女の皮肉な声が。


気に触ると思っていたのに、
もう一度聞きたくなって散った空気をかき集めてしまった。




けれどもう無かった。




無駄なものは食べることにしていた。
それは習慣になってもう2年だった。


自分に意味があることを確かめたかったけれど、うまくいかなかった。

結局僕はどうしようもなく無意味で仕方がなかった。


埃よりも砂よりも。


それで、この身体は声のように空気に散らばって完全に消えた。











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by dasein100-1 | 2006-06-15 19:26 | 042 空腹