カテゴリ:036 山手戦( 1 )

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山手戦





A社・社内

パソコンが所狭しと並ぶオフィス。
キーボードのカチャカチャという音がせわしなく聞こえる。
岸川寛人はふと作業の手を止め、
首を伸ばしてパソコンの上から半分顔を覗かせる。
視線の先には部長のデスク。
部長は書類を手に、それを渋い表情で眺めている。

「岸川さん」

岸川の目の前に、ぬっと橋本の顔が出現する。
2人はパソコンを挟んで顔半分で向かいあう。

「岸川さん、どうしたんですか。なんか今日そわそわしてません?」

「部長が今手に持ってるの、俺の企画書のような気がするんだよね。
 こないだたっぷり説教受けたのに、また適当に書いたからなぁ俺。」

岸川、顔を出すのをやめ、椅子の背もたれに体を預けて脱力する。
隣の席の田中はキーボードを叩きながらちらりと岸川を見る。

「いいよなお前は。適当にやろうが何しようが、どうせゆくゆくは社長なわけだから。」

「継ぐ気ないって、オヤジの会社なんか。」

岸川の背後に人影。
肩を叩かれた岸川、思わず椅子をがたがたさせながら姿勢を正す。
振り向くと後輩の瀬野が、ずれるメガネを直しながら立っている。

「なんだお前か。」

「岸川さん、部長が呼んでますよ。」


眉をしかめて書類を眺めている部長のデスクの前、
岸川は襟を正し、咳払いをして立つ。

「部長」

「ああ、岸川君。どうだね調子は。」

「えっと、はい。すこぶる順調です。
 もしかしたら企画書のほうは多少甘い部分もあったかもしれませんが、
 こないだの件で成功してますし、明日のプレゼンはまかせてくだ」

「あぁ、うんうん。そうじゃなくてね、岸川君。体調のほうはどうだね。」

「えっ体調ですか?…すこぶる健康です、が。」

「そうか、よかった。君ね、明日のプレゼンでなくていから。
 今日もう帰っていいからね。」

岸川、青ざめる。

「え、そんな」

「はい、これ。」


岸川の手に、1枚のゼッケンと赤白帽が渡される。



「なんですか、これ。」

「明日の『山手戦』、岸川君が我が社の代表に選ばれたんだ。
 うちは白組。よろしくね。
 岸川君は騎手だから、ちゃんとスーツにゼッケン、頭に赤白帽を忘れないように。 
 馬は田中君と、橋本君と、瀬野君。ね、席も年も近いし、チームワーク抜群だな!
 じゃ、頑張ってくれたまえ。」

岸川は部長に背中をバンバンと叩かれる。

「は、はぁ。」

「さぁ、早く帰って寝て明日に備えなさい。」


岸川、ゼッケンと赤白帽を手に困惑した表情でデスクに戻る。
斜め前、瀬野が帰り支度をしているのが目に入る。
田中と橋本のデスクはすでに荷物がない。

「おい瀬野、田中と橋本は?」

「帰りましたよ。明日に備えて。」

岸川は周囲を見回す。
他の社員は皆真剣にパソコンに向かい合い、仕事をしている。

「おい瀬野、瀬野。『山手戦』ってなんだ。俺全然この状況がわからないんだけど」

瀬野は支度を終え、リュックを背負い、
小ばかにしたような目で岸川を見る。

「岸川さん、まさか『山手戦』のこと知らないんですか。」

「…」

瀬野、メガネに手をやり、答える。

「山手戦。要するに企業対抗騎馬戦です。
 都内の主要企業が赤組と白組に分けられて、各社代表1騎ずつ騎馬を組み、帽子を奪い合う。
 社会情勢を左右しかねない大事なイベントじゃないですか。
 まぁメディア規制は厳しいようなので、
 世間一般にどれだけ知られているかは疑問ですが。」

「…どこでやってたのそんなこと。」

「だから、山手線でやるんですよ。ホームと車両を使って。
 1925年、山手線が環状運転を開始してから毎年行われています。
 今年は第80回目ですね。岸川さん、これくらいリサーチしといてくださいよ。
 明日お願いしますよ。では新橋駅に8時で。」

岸川、呆然と立ち、瀬野の後ろ姿を見送る。


AM8:00 新橋駅

スーツに「岸川」と書かれたゼッケンを背に貼った男が改札に向かう。
頭には赤白帽(白)

「ご、ごめん。」

「騎手が遅刻かよ。早く乗れって。」

田中、橋本、瀬野。
岸川の到着と同時に騎馬を組み、腰をおとす。

「わりぃな」

岸川の体が騎馬に乗った瞬間、それは勢いよく走り出す。
自動改札、強行突破。
人をけ散らし、階段をかけあがる。
ホームにごったがえす乗客。皆いたって冷静。

列をつくる乗客の後方に並び、4人は騎馬を組んだまま電車を待つ。


アナウンスが入る
『今日は年に一度の山手戦です。日頃の成果を発揮し、せいいっぱい頑張りましょう。
 まもなく電車がまいります。白線の内側におさがりください。』

どこかでパンパンと乾いた花火の音。
電車が到着し、ドアが開く。


プシューッ


騎馬がいた。

混み合う社内、赤い帽子をかぶった男。
乗客から上半身分はみだして、天井に頭をくっつけている。
ゼッケンに「H」のロゴ。


「H堂だ。岸川、仕掛けろ。」

赤帽の男が振り向き、岸川と目が合う。
岸川が躊躇している隙に、男は手を伸ばして帽子を積極的に奪いにくる。

「まじで…」

満員電車の乗客の上でもみ合う2人。
乗客から応援や野次の声が飛び交いだす。

「おい瀬野、H堂の弱点のリサーチとかないのかよ」

瀬野、乗客に四方から挟まれ、苦悶の表情。
メガネがずれている。


アナウンス
『次は浜松町、浜松町です』


乗客A「おい、今彼女からメールがきたんだけど、D通の騎馬が女性専用車両にいるらしいぞ。」
乗客B「へー。D通は裏をかいて女を出してきたのか。」
乗客A「いや、明らかにカツラかぶったおっさんだって。女性相手にビジネス術について演説してるらしいぞ。」

乗客のぼそぼそした声に、H堂の騎馬が反応する。
その隙をついて岸川は相手の帽子に手を伸ばすがかわされる。
浜松町に着き、ドアが開く。
H堂の騎馬、乗客を押しのけ飛び出していく。

岸川たちも乗客たちに流されるようにして車外に出る。
ネクタイが曲がり、シャツがはみだし、じっとりと汗をかいている。

「H堂にあからさまに戦いを放棄されると悔しいな。」

「仕方ないですよ。H堂はD通の帽子を何十年も狙ってるんですから。」

「瀬野、メガネずれてる。」



ラッシュも過ぎ、車内も空いてきた。

対戦相手を探す岸川たち、車両から車両へと移動する。
岸川、ぐったりとしながら帽子をしっかりとかぶりなおす。

車両をつなぐドアを開けた瞬間、目の前に赤帽をかぶった騎馬が現れる。



「オヤジ!」



岸川恒夫を騎手にした、中年男4人の騎馬が車内の中央に立つ。
2体の騎馬、正面から向かい合う。


「やっとこの日がきたな、寛人。」

「はぁ?」

「俺はこの日が来るのを待ち望んでいたんだ。さぁ、俺の帽子を取れ!
 そして会社を継ぐと宣言しろ!」

「冗談じゃない」

岸川、騎馬をUターンさせ、もといた車両に引き返そうとする。

「寛人待て、待つんだヒロっ… ゴフォ」


液体の混じった感じの咳が聞こえる。
岸川が振り向くと、血を吐く恒夫の姿がある。


「!」

「寛人…俺と戦って帽子を取れ…」

「バカじゃねぇの、早く馬から降りろよ、次の駅で病院へ…」


岸川、騎馬のまま恒夫に近づき、顔をのぞきこむ。
その瞬間、恒夫の手が岸川の帽子をはぎとる。


「ああっ!」

「ばかめ。俺だってお前みたいなバカ息子に大事な会社を譲るきなんてないわ。
 出直して来いや。」

帽子をとられ、呆然とする岸川。

「あ、スーツにさっきの血、というかトマトジュースかかっちゃった。」

「さすが社長演技派ですねぇ。次行きましょう、次。」



社員と和気あいあいとしながら次の車両に移っていく恒夫。
岸川、田中、橋本、瀬野、その場に崩れ落ちる。









岸川、飛び起きる。




周囲を見回す。
ハンガーにかかっているスーツ。
もぎとって裏返してみるが、
ゼッケンはない。



「夢か。」


パジャマが汗でじっとりと体にはり付いている。

「…やべ、プレゼンに遅刻する。」








岸川は息を整えながら、会議室の席につく。
発表用のボードの前、H堂の社員がプレゼンの準備をしている。

「あいつどっかで見たことがあるような…」

プレゼンが開始され、咳払いをするH堂社員。
緊張しているのか、額に汗が浮かんでいる。
度々スーツの内ポケットからハンカチをだして顔にあてている。



ハンカチ?



いや、違う。
赤くて、もっとごにょっとした感じのものだ。

岸川は目を細めてよく見た。



「あ」


H堂の社員が汗をふくその手元には。

















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by dasein100-1 | 2006-02-28 03:22 | 036 山手戦