カテゴリ:032 破壊( 1 )

032



破壊





「1年ぶり。」

「そうだな。」

「連絡取れなくなってから、もうそんなに経つのか。」

「悪かったよ。」

1年ぶりに会った友人は、蛍光灯の切れかかった薄暗い部屋で、
腕時計を分解していた。
僕は冷たい床に膝を抱えて座り、その姿を眺めていた。


「修理?」

「逆。壊してる。」

「何のためにそんなこと。」


友人はドライバーをくるくると回しながら、ちらっと僕の方を見て、
それからまた下を向き、軽く笑った。

もともと細身だった彼だが、今は俗に言う「骨と皮」だけになっている。
1年ぶりに訪れた部屋は、几帳面に整頓された以前の状態とは一変して、
散らかっていた。
食べ物の袋や、チラシなどの類は一切見当たらない。
散在するのは、『金属』だ。


「テレビは?」

「ない。」

「あっただろ。」

「たぶん組み立てれば、ある。」

「ステレオは?プレステは?」


答えるのがめんどくさい、といった顔で友人は髪をいじった。
僕は右手のそばに落ちていた部品を拾い上げた。
綺麗にバラされたコントローラーの欠片だ。



「病んでるな。」

「まあね。」


ドライバーを回す手を止め、友人は机から腕時計を持ち上げた。
ぐしゃっとその形が崩れ、指からバラバラと部品が落っこちた。
彼はほっとしたようにため息をつき、目を閉じた。


「こうやっていろいろ壊してると落ち着くんだ。あ、コーヒー飲む?」


僕の返事を待たずに、友人は立ち上がってキッチンに向かった。
裸足で、ボルトやバラバラの配線を平気で踏んでいく。
その後ろ姿は、骨の構造がわかるほど肉体の質感を失っている。


コーヒーの香りがする。

白いマグカップを腕時計の部品が散乱するテーブルに置き、
それを僕に勧め、
友人はもう一度キッチンに戻る。
そして今度はコーヒーメーカーを抱えて、
元の場所にゆっくりと腰をおろす。


「それ、どうすんの。」

「もう使わない。」


ドライバーを手にし、底から剥がしはじめる。


「使わないって、」

「もう誰もここには来ないし、俺はコーヒーを飲まない。」


僕はマグカップを口につけたまま、
淡々とコーヒーメーカーをバラす友人を凝視する。

「誰も来ないって?」

「お前が最後だよ。他はもう全部壊した。」


手からマグカップが滑り落ちる。
コーヒーが床にこぼれる。
散らばる部品が、茶色い液体で汚される。


血の気が引く。



友人は驚いた顔で僕を見る。
そして自分の言葉を反芻するようにしばらく黙り、
笑い出す。
窪んだ目に、笑い皺が寄る。
懐かしい表情だ。


「どんな想像したんだ。そこまで病んじゃいない。」

気づくと、コーヒーメーカーはすでに形を失っていた。

「他とは完全に連絡を絶った。もう知り合いは一人もいない。」


友人は手元に煙草の箱を寄せる。
勧められるままに1本手にしたが、
お互い煙草をくわえたまま、向かい合って数秒沈黙する。

「火、持ってないか。ライターも全部壊したんだ。」

僕は慌てて、火を点ける。

ふと部屋を見回すと、完成された形のものは何一つとしてなかった。
僕はふと、1年前、人づてに聞いた話を思い出した。

「家族はどうした?」

「家族?両親はもともといないよ。」

「それは知ってる。1年前くらいに、家族になる人ができたって聞いたけど。」

「ああ、そうそう。結婚するはずだったんだ。毎日、楽しくて仕方がなかったよ。家族ってすごいよな。普通はこんな風に過ごしてきたんだろうなって思ったよ。この先自分も親になって、新しい家族が増えて、家の中が騒がしくなって、物でごちゃごちゃしてきて、そんなドラマみたいな幸せがあるとは思ってなかった。本当に嘘みたいだったけど、そういう人と暮らしてたんだ。」


急に饒舌になり、1年前の彼の表情になり、僕は動揺した。
しかし数秒と続かなかった。


「そうそう。死んだんだ。」



友人はまだ長さのある煙草を灰皿に押し付け、
指先でそれをバラし始めた。
紙を丁寧に剥がし、ぼろぼろの葉が灰皿に散らばった。


「…テレビが壊れるのってきついよな。」

「テレビ?」

「でもさ、壊れると見なくなるだろ。見なくなるとそれに慣れる。」

友人は箱に残っていた煙草を1本ずつバラし始めた。

「居た人が居なくなるのはきつい。もとから居ないほうがましだ。
 大事なものは壊れる前に、壊しておいたほうが楽だ。」











そういうわけで、壊された。
僕が最後だったらしいが、彼は病んでいたから、それは嘘かもしれない。

想像どおり、僕はコーヒーメーカーのように壊された。










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by dasein100-1 | 2006-01-08 15:52 | 032 破壊