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025








男は答えなかった。
女は無表情で、テーブルにあったコップの水を男に浴びせた。
薄い青色のシャツが濡れて肌に貼りついた。
それでも男は黙っていた。

「ばかにしてるんでしょ?はじめから。」

女はイライラと爪を噛んだ。
そして、空になったコップを投げつけた。
男はよけなかった。それは額にガコンとあたって
首が少し後ろに傾いた。
コップは床に落ちて割れた。


店内は静まり返った。

もともと店にはその男女と、店員がたった1人。
女が音をたてなければ、いたって静かな店だった。


男は首を後ろに傾けたまま、天井を眺めていた。

無愛想な店員がテーブルにパスタの皿を2つ運んできて、
黙って男女の前に並べた。
注文したものが逆だったのか、
女は乱暴に並べられた皿を入れ換えた。


男は天井を眺めていた。
女は一人で貪るようにパスタを食べ始めた。


男は天井を眺めていた。
女は無言で食べ続けた。あっという間にパスタは皿から消えた。
そして店員を呼んだ。


「フルーツタルトと、アイスティー。」


男はまだ天井を眺めていた。
女は軽くため息をつき、幾分穏やかな表情でタルトとアイスティーを迎えた。


男はそれでも天井を眺めていた。
女は赤いフルーツソースのついたフォークをなめ、ストローをくわえた。


男は天井を




カチャ

店に1人の客が入ってきた。

見覚えのある顔だ。
首を傾けて天井を眺めている男と全く同じ男だった。


女はドアの方を振り返り、笑顔で手をふった。
そしてテーブルの伝票を取り、小さいバックを抱えて席を立った。







店員は空いた皿を手に積み、
もう片方の腕で椅子に放置された男の体をひょいと持ち上げた。
男は首を傾けたまま。
飲食店のガラスケースにある見本のように動かなかった。

店員はチラっと床の割れたコップを見たが、
自分の仕事じゃないといった顔で、厨房に戻っていった。





厨房にテレビがあるのだろうか。
ブゥンという電源の入る音とともに騒がしい声が聞こえてきた。
国会中継のような会話の応酬が聞こえる。


質問:
なぜ、同一人物である男が2人存在したのでしょうか。
返答:
その質問は、なぜ昨日の自分と今日の自分が同じ人物だと言えるのか、という質問と似たようなものです。

質問:
なぜ、店員は一人の力で成人男性を持ち運ぶことができたのでしょうか。
その男は特別軽い人だったのでしょうか?それとも軽い物質に変わったのでしょうか?
返答:
男の質量は一定で約62kgです。質量の問題ではありません。
「最近の高度な回線技術によって容量が大きい画像も瞬時に表示されるようになった。」
という仕組みと似たようなものです。

質問:
あなたのおっしゃってることがよくわかりません。
返答:
質問の意味がわかりません。



電源の切れる音。





私服に着替えた店員が、ダルそうな顔でぶらぶらと店内を横切って店を出て行った。

私服に着替えた店員が、周囲をきょろきょろと見回しながらテーブルの位置を直し、落ちたガラスの破片を拾い上げ、一通りチェックを終えると神経質そうな動きで店を出て行った。

私服に着替えた店員が、鼻歌を歌いながら店の電気を消して出て行った。






質問:
なぜたった1人しかいない店員が、3人店から出て行ったのでしょうか?
返答:
その質問は、なぜ昨日の自分と今日の自分が同じ人物だと言えるのか、という質問と似たようなものです。














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by Dasein100-1 | 2005-06-01 08:38 | 025 店