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023



トーラー



それ、裏だよ。
「え?」
またお前Tシャツ裏返して着てる。タグ見えてるよ。
「ほんと?」


今日はいい天気だ。
俺は友達と2人で、鹿児島の暑い1日を過ごしている。
あぁ、夏っぽい。
鹿児島は生まれた土地だが、
いまいち肌に合わない。暑すぎるんだ。


通称『ガリ』
本名、三谷真。
横にいる友達の名前。


ガリの昔から治らない癖は3つある。
Tシャツを裏返して着る。
違う靴下を片方ずつ履く。
青信号が点滅すると、道路の真ん中で硬直する。

ガリとは同級生で、お互い今年で28になる。
俺は東京で仕事をするためにここを出た。
ガリはこの町から出たことがない。
出せない。と、彼の両親は言っていた。

とても不思議なことなのだが、ガリは大人になれないらしい。
まだ歯も小さいし、背も小学生より低い。
町を歩いてると人が振り返るぐらい、体が華奢で小さい。
加えて頭が悪い。あきれるほど悪い。


同じように成長してきた頃は気付かなかったが、
それは才能だ。
と、今は思う。



俺は田舎に帰っても、家にはほとんど居ない。
息苦しいからだ。
5分もたたないうちに外に出て、ふらふらと町を徘徊する。
『桐島さんちの次男は、たまに実家に戻ってもふらふらしている。』
『いい年して、あの頭の弱い子と遊んでる』
息子が界隈へネタを惜しみなく提供し、両親の顔はひきつり、
家の空気はどろどろと濁りだす。
申し訳ない。
なんて、まさか。微塵も思わない。
腐った大人の醜い表情を目撃することが毎回楽しみだ。
俺こそが世界で最も悪趣味で下衆。
いや、自覚があるだけマシなんだ。

こんな話は、飽きたな。





ガリは首を左右に何度もひねって、
タグが飛び出してることをやっと確認する。
「あれぇ?」

だから裏だって。


Tシャツを脱ごうとしてぐにゃぐにゃともがく姿が、
罠にかかった動物みたいだ。

ぼさぼさの頭とガリガリの体で、
脱いだTシャツを丁寧に裏返して着なおそうとする。
両腕を大げさに動かして、必死になって着る。
なんでこうもっと、スムーズに生きれないんだろう。コイツは。



スムーズに、といえば。
昨日見たニュース。B氏の話は実にスムーズだった。
頭をなでて、いい子いい子してあげたくなるぐらい優秀だった。
100%の出来。
つまり、0%の出来。

まぁ、『想定の範囲内』。



今ここは鹿児島の田舎で、
世界のニュースなんかはたいして意味がない。
大げさで肉体的なハリウッド映画となんら変わりはない。




「うわ、つめてっ。」

突然水しぶきが飛んできた。
長いホースを引きずってきた爺さんが、
畑の脇道に座り込んでいた俺とガリに、
嫌がらせのように水を飛ばす。


「トウモロコシに水撒くから手伝え。」


昔からどうしても苦手なものが3つある。
生野菜と、蚊取り線香と、年寄りだ。

骨ばった黒い顔に、白い無精ひげを生やした爺さんが
俺を睨むようにして目の前に立つ。

「ホース持て。向こうまで引っ張ってくから。」

ガリが飛び跳ねるように立ち上がり、
スキップをしながらホースを掴んだ。
仕方がなく俺も腰をあげ、砂を払い、
言われるがままに重量感のあるホースをずるずると引きずって歩いた。
どこから延ばしてきたかわからないが、相当長いようだ。
どこまでもどこまでも続いていく。
ホースにはところどころに小さな穴が空いてるらしく、
乾いた道に水の跡をつけながら進んでいく。



「オマエはなんで真と遊んでるんだ。」
「え?」
真、なんていう名前が出てきてピンとこなかったが、
当の本人はいつの間にかホース運びに飽きて、はるか後ろでアリと戯れていた。

「なんでって…楽しいから。」
「そうか。あいつはイイ奴だろう。」
「そうですね。」
「土に近いからな。」
「土?」
「背が低いだろう。普通の人間は背が伸びて、くだらなくなる。」
ブルルルルというヘリコプターの音がして、
爺さんも俺も空を見上げた。
「土から離れていくからな。」
ブシューッと音をたてて、爺さんは水を勢い良くまき散らした。
夏の空気に霧が舞って、光った。

遠くから金切り声をあげながらガリが嬉しそうに走ってきた。
はしゃぎながら爺さんに飛びつき、ホースを奪って振り回す。
俺も爺さんもビシャビシャになりながら、笑った。



畑の水撒きは6時間かかり、日が暮れ、
俺は夕食をご馳走になった。
それから、静かに扇風機が回る居間で、
爺さんと2人何をするわけでもなく、虫の音がする暗い庭を眺めていた。

「あの。」
「ん。」
「俺、人を殺すかもしれません。」

爺さんはたいして驚きもせず、つまようじで歯の掃除をしていた。

「仕事か。」
「まぁ、そうですね。」
「儲かるのか。」
「そこそこ。」

沈黙。扇風機が回る。
爺さんはあくびをして立ち上がり、
湯気のたったトウモロコシを持ってきた。


「うまいか。」
「はい。」


僕は翌日トウモロコシを持って、鹿児島を去った。









「本日未明、元国防長官K氏が頭を銃で撃たれ、死亡しました。
 K氏は肝炎の手術後で、都内の病院で療養中でした。
 容疑者は20代後半、現行犯逮捕され現在取り調べを受けていますが
 身元、職業は一切不明です。
 極度の錯乱状態にあり、精神鑑定の必要性が示唆されています。」


ここに至るまでにはたくさんの話があるが、
今は省略しよう。

俺は青いジャンパーをかぶされて引きずられている。
隙間から見える空は青かった。

背が伸びて、余計なものが見えた。


「本日未明、療養のため東京都内の国立病院に入院していた
 元国防長官K氏が射殺されました。」
 




鹿児島の片田舎に速報が流れる。
そんなニュースは、
大げさで肉体的なハリウッド映画となんら変わりはない。








ガリはホースで水を撒く。
爺さんがトウモロコシをもぎ取り、背中のカゴはそれでいっぱいになる。

土のにおいがする。











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by Dasein100-1 | 2005-05-02 00:28 | 023 トーラー