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021




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今朝、ニュースに友人の池田が出ていた。

「突然地面が揺れて、爆風。もうびっくりしちゃった。
鼓膜破れた人いたらしいよ。あ、僕はヘッドホンしてたから大丈夫。
でも自慢のアフロに灰が積もって大変大変。頭重くって。」

画面下には『現場付近にいたIさん』というテロップ。


戦争、戦争、戦争。
もう慣れてしまった。
2100年に入ってからずっとだ。
たぶんこの先もずっと、だろう。
死ぬことに鈍感になるのは、幸せなことだ。

少し前の時代の人たちは、寝たいのに寝れなかったらしい。
そして死にたいのに死ねなかったらしい。
大変だったと思う。

僕らは楽だ。
寝たいときに寝れる。
死にたいときに、死ねる。
幸せだと思う。


「あのさ。」
ぼんやりしていたら、彼女が僕の袖を引っ張った。
僕らは別に何をするわけでもなく、商店街を並んで歩いていた。
「聞きたいことがあるんだけど。」
「なに。」
「ピアノのやめたの、なんで?」
それはあまり聞かれたくなかった。
「なんでって、飽きたから。」
諦めた、と言うのが正しい。
僕は冴えないピアノを弾いていた。
本当に冴えない、自分でもうんざりする音ばかり鳴らしていた。
「なんだよ。」
彼女は黙って僕を見て、それから一人何度も頷いていた。
表情から読み取れない。
呆れてるのか。
がっかりしているのか。
安心しているのか。
「なんだよ。」
イライラしながら言ったのに、思った以上に無反応だった。
「別に。」

あ、そう。


交差点で、
僕らの前を、兵器を積んだトラックがたくさん横切った。
1台、2台、3台…
砂埃がたって、目の前が一瞬曇った。
揺れる荷台で兵器がぶつかり合うガチャガチャした音がした。
何台も何台もトラックが過ぎる間、
僕は上を見ていた。青い。
「雲、少ないね。」
視線を下げると、彼女も上を見ていた。
「そうだね。」

お互い空を見ていたわけじゃない。
異質なものが飛んでることを恐れただけだ。

トラックは全て行ってしまった。
反対側の歩道に、ボロボロの服がまるめて捨てられている。
目を細めて見てみると、それには手足があってまだ動いていた。

遠くで、パパパパという乾いた銃声がした。


彼女は僕をちらと見ただけで、そのままペンキのはげた横断歩道を渡った。
僕はタバコに火をつけ、その後を追った。


シャッターが降りたままの店もある。
看板もディスプレイも滅茶苦茶にされた店もある。
でも大半がなんら戦争前と変わりない。

焼きたてのパンの匂いを漂わせていたり、
じいさんが豆腐を売っていたり、
可愛い子がシュークリームを売っていたり、

その風景の中に
特殊なビニールスーツに包まれた自衛隊がいるのは、
それはたまに酔いつぶれたサラリーマンが道端にいるのと似たようなものだ。


僕らは別に何をするわけでもなく、まだ商店街を歩いていた。
2本目のタバコになかなか火がつかなくて、
僕は彼女の少し後ろを歩いていた。

ぼろぼろになった歩道が、話題を消してしまう。
何か、しゃべらなきゃ。

「あ、そういえば朝ニュース見た?池田が出てたよ。インタビュー受けてた。」
彼女は振り向く。
「池田って?あぁ、バンドやってた人?」
「そう。井の頭公園の跡地にさ、昨日またミサイル落ちたじゃん。
 あいつその場にいたみたい。」
「大丈夫だったの?」
「アフロに灰積もったらしいけどね。」
「はは。見たかったね、それ。」

彼女が笑ったとき、風が吹いた。



熱い。
体が浮いた。




たいしたことじゃない。
鼓膜が破れて音を感じなくなっただけだ。
アフロに灰が積もるより、くだらない。

風が吹いたとき、僕の両手は反射的に彼女の頭を抱えた。
そのまま吹っ飛ばされて、2人とも地面に転がった。
ざらざらした砂を食べたぐらいで、
ケガはたいしたことないようだ。

体を起こした彼女の口がばくばくと動いた。
どうやら何度も同じことを繰り返し言っているようだ。
僕はそのフレーズが切れる瞬間しかわからない。
でも、頷いた。
絶妙な間で頷いてみた。
彼女の不安で強張った顔は、ほぐれていった。


なんて言ってたんだろうな。
まぁたぶん、
「大丈夫?」とか「怪我ない?」とか、
そんなことだろう。




その後すぐに自衛隊や救急車や報道陣が集まり、
混乱する群衆の中で僕は彼女とはぐれた。
それをいいことに、もう2度と会わないことにした。

自分のために耳を犠牲に、
なんてうじうじと思われるぐらいなら、
恨まれるとか、忘れられる方がましだ。









それからもたくさんの人が死んで、
たくさんの物が壊れたけれど、
僕の予想は外れ、戦争は終わった。




最近の僕はピアノが上手い。
どんな曲を弾いても、思い通りの音が出る。
最後に聞いた柔らかい声がなんとなくいつまでも耳の奥に残っていて、
どんな曲を弾いても、思い通りの音楽になる。


会う必要はない。
僕はとても元気で、幸せだから。
というのは、嘘で

幸せのはずはない。
本当は会いたい。死ぬほど。



でも
元気なら、それでいい。
というのは、本当だ。
本当。



元気で。














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by Dasein100-1 | 2005-04-12 03:43 | 021 Honeycom.ware