カテゴリ:020 アールグレイ・ミルフィーユ( 1 )

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アールグレイ・ミルフィーユ



このテーブルの上には、
たった1つの「アールグレイ・ミルフィーユ」がある。


ここは、豪華なホテルの一室。
僕はただ、
丸テーブルを挟んで向かい合った男の子と、
中心にあるケーキを眺めている。

商社に勤めて20年。
今日も大事な商談を、完全なる成功で終えた。
自分で言うのもなんだが、僕は仕事に自信がある。
仕事が好きだ。
ワーカーホリックと言われることが誇りですらある。
気分は上々だが、確かに体は疲労している。
41歳か。
まだ若い、とは思えない。
鏡に映る自分の顔を見て思う。
もう「オヤジ」だ。

一仕事終え、同僚と銀座辺りでガンガン高い酒を飲み、
いい気分で酔っ払い調子のいいことを言っている。
そんないつもの自分の姿が目に浮かぶ。

でも今僕は、丸テーブルを挟んで12歳の息子と向かい合っている。
そしてそのテーブルの上には、
たった一つのケーキが置かれている。

今日、この場所に息子と居るのには理由がある。



2月29日はいつも、真に会う。
4年に1度の誕生日だからだ。

「真、お前もやっと3歳だな。」
「12歳だよ。」
「だってお前、2月29日は人生で3回目だろ?」
「くだらねー。メニュー選んでいい?」

くだらないとわかっていて言ったんだよ。


「最近学校のほうはどうだ。」
「聞いてどーすんだよ。」
「楽しいか?」
「さあ。」

可愛くないな。


仕事でなら強豪企業相手にプロの話術で勝ち続ける僕が、
たった12歳の子供相手に全く言葉が出てこない。


このクソ生意気な息子と沈黙の多い空間で、
たいして美味くも無いフランス料理のフルコースを食べ、
今日一日が終わろうとしている。
空しさを抱えたまま、
事前に注文してあったシェフ自慢のミルフィーユを、
誕生日の締めとして最後に登場させたところだった。

けれど真はシェフの目の前で、
自分の前に置かれたケーキの皿をテーブルの中央に押し返した。
そして眉を寄せてじっとそれを眺めていた。

「腹いっぱいか。」
「いや。」
「真はケーキ嫌いだったか。」
「嫌いじゃない。」
「どうした?」

アールグレイ・ミルフィーユなんていう、
女性が喜びそうな洒落たケーキは、
この年頃には抵抗感があるのだろうか。
もしくは誕生日にケーキなんてことからして、
恥ずかしくて迷惑だと思っているのかもしれない。

息子の気持ちがわからない。
こんな風に会うことすら、ただこの子にとっては迷惑だろう。
シェフも困惑した視線を僕に送る。



「割ってくれよ。」
「ん?」
「オレ割るの下手だから。」

真は僕に、自分のフォークとナイフを差し出した。

「よく大きさが違うって母さんに文句言われるんだ。」


シェフがもう1つ用意すると耳打ちするのを制止し、
僕はミルフィーユを割った。

「でもなぁ、これを半分にするのは難しいぞ。」
「オトナなんだからちゃんとやれよ。」

複雑に重なった層がザクザクと音をたて、
綺麗な白いテーブルにパイの破片が散った。


「オレより下手くそだな。そっちのでかくて綺麗なほうがいい。」
「体の大きさから考えて、普通父さんがでかいほうだろ。」
「じゃあこぼれたの食えよ。」

真は手を伸ばして取ったミルフィーユを見つめ、
その崩れかけた層の重なりをぶつぶつ言いながら数えていた。


「これゴミ入ってんぞ。」
「それは紅茶の葉だ。」
「ふーん、まぁ知ってたけど。これ、食べても平気?」
「ああ。いい匂いするだろ。」
「しねぇよ。」

可愛くないな。

「また会ってくれるか。」
「いいよ。ケーキ食わせてくれるなら。」







僕は甘いものが大の苦手だったのだが、
好きなものを聞かれたときは、
「ミルフィーユ」と答えるようになった。

「特に、アールグレイ・ミルフィーユが。」
40過ぎのオヤジが恥ずかしげも無く、
顔をほころばせて、そう答えるようになった。












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by Dasein100-1 | 2005-03-21 23:34 | 020 アールグレイ・ミルフィーユ