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ジャム




あいつの手にはいつもジャムがついている。
でも、それがどうやら『魅力的』らしい。
オレンジのジャム。
僕にはわからない。


「どうも。」
と、爽やかに上げた手のひらにはジャムが。

「よろしく。」
と、にこやかに差し出した手のひらにはジャムが。

「愛してる。」
と、そっと背中にまわされた手のひらには


気に食わない。
その手についたジャムをあいつ自身の顔に押し付けて、
山崎の食パンを買ってきて、上から踏みつけてサンドイッチにしてやりたい。


そんな、僕に嫌われている彼なのだが、どうやらもてるらしい。
聞くところによると、
美人と噂の2組のジュディも、可愛い系の5組のマリーも
あいつのことが好き、らしい。


友達のK太に聞いた話は興味深い。
おとといの放課後、K太が部活を終えて駐輪場に向かう途中、
2組のジュディとすれ違ったそうだ。
彼女は美人特有のそっけない顔をして、綺麗な髪をふわふわ揺らしていた。
目を奪われているK太の存在を完全に無視して歩き去ったそうだが、

その唇の端には、オレンジのジャムがはみ出していたらしい。

そして駐輪場からふらふらと出ていく、
あいつの後ろ姿を見たそうだ。




何をしていたんだ。ひどく気になる。

いや、別にどうでもいいけれど。
だって、ジャムだぜ?
想像力をかきたてられるというか、なんていうか。
とにかく、ジュディはそれだけの女ってことだ。


僕はいつも焼きそばパンに人が群がる購買で、
流れに逆らってコールスローパンを買うような男だ。

思いつきで、
あいつのジャムに対抗してマヨネーズを手に仕込んだことがある。


「おはよう。」
爽やかな朝に、乳白色の輝きを放つ僕の手。
悲鳴をあげる女子ども。
やっぱり、その思いつきは間違っていた。
マヨネーズじゃなんでだめなんだよ。
教えてくれ。



まぁいいや。
ジャムだマヨだなんて話は、幸せな話だな。



僕がここまであいつのことを嫌うのには理由がある。
それはとても不都合な気持ちを伴う。

あいつの母親は頭がおかしくて、
自分の息子のことをトーストか何かのように思っている。
毎朝、毎朝。
虚ろな目で、息子の手のひらにジャムを塗りたくるのだ。
彼が抵抗しないのには理由がある。
自分のことを、トーストだと思っているからだ。


でも、あいつは家を出た瞬間に、自分がトーストでないことに気付く。
それでひどく混乱して、
ジャムだらけの手で女の子達に触れ、
自分の存在を確認するのだ。


僕があいつを嫌うのはとても自分と似ているからだ。



僕の母親は頭がおかしくて、
自分の娘を、男だと思っている。
毎朝、毎朝。
虚ろな目で、娘の私にアイロンした男物の制服を差し出す。
私が抵抗しないのには理由がある。
自分のことを、男だと思っているからだ。


けれど、家を出た瞬間に気付く。
男の制服を着た自分は、頭から爪の先まで女であることに。
自分の存在を確認する方法はわからない。


頭のおかしいあいつがもてるのは気に食わない。
私があいつと同じ制服を着なきゃいけないのも気に食わない。
あいつが私の顔にジャムを付けることなど一生こないのが気に食わない。



そういうありがちな、
ありがちな心境は柑橘系の甘くどろどろした液体になる。
ジャムのような。
それはいつも喉の奥の辺りでつかえていて、
苦しいけれど、それほど悪い気分じゃない。













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by Dasein100-1 | 2005-03-12 02:33 | 019 ジャム