カテゴリ:018 セブンスター( 1 )

018




セブンスター




「屋上行く?」

屋上なんて、あったんだ。

「うん、あったよ。言ってなかったかな。」

知らない知らない。

「ちょっと煙草吸いにとか、空見たくなったときとかね、よく使うんだ。あと…」

あと?

「いや、なんでもない。まぁ、行ってみるか。」

うん。


鉄の匂いがする階段。
埃っぽくて、雑な造りのコンクリ。
重い扉。

ビルを改装したマンション、
多少不便でもここを選んだ隆也の気持ちがわかる。
こういうの好きそう。

「開けるよ。」


隆也の背中を見てると、小さな頃の自分に戻る。
後ろ姿のときだけ男らしい。
男女の双子なんて、うらやましいとよく言われるけど、
全然。
わずらわしくて仕方がなかった。

でも、お互い1人暮らしするようになってからは確かに。
隆也がいてよかったなと思うことが多くなった。

こんな風に辛いときに、誰かに甘えていいなんて。
そんな肉親がいるなんて、得してるのかもしれない。


「おおー、いい天気だ。」

扉から眩しい光が漏れてきた。
薄暗い場所からひょいっと外へ飛び出すと、初夏の空が真上に見えた。
綺麗だ。


「ちょっとそこ座ってみ。」

屋上にはいろんなものが転がっていた。
鉢植え、洗濯棒、壊れた自転車、ステレオ。
隆也が指したのは、小学校の教室にあるような木の椅子。

「はやく。」

なんで?

「練習させて。明日店長のチェックはいんだよ。」

隆也はいつの間にか商売道具のハサミを手にしている。
それをシャキシャキ鳴らしながらにこにこと笑う。
不安。
隆也は鼻歌を歌いながら、私に指定した椅子とは別に、
屋上の隅にあった車輪つきの椅子を持ってきた。
錆びついてぎしぎし言うそれの背もたれを抱えて座る。
本当に切るつもり?
ノーリアクションで突っ立ってる私に不満そうだ。
足で地面を蹴飛ばして、子供みたいに車輪をゴロゴロ言わせて滑っている。

「はやくーはやくー。」


隆也はしばらくばかみたいに私の周りをぐるぐると滑っていたけれど、
度が過ぎて、思いっきり椅子ごと転倒した。

「はや…く」

わかったわかった。


「やったね。耳、だしちゃっていい?」

隆也は美容師になりたいと言い続けて、
ホントになってしまった。
不器用なのに。
自分を知らないってのは怖い。

「大丈夫。安心しなさい。」

柔らかい水で、髪がしっとりと濡れる。
太陽の光が細かい水に反射して、きらきら光った。


いつの間に用意したの?霧吹き。

「あ、これね。園芸用。」

おい。


「真樹の髪は、ダメだね。がっさがさ。気ぃ使ってないだろ。」

うるさいよ。

「でもオレの色と似てるね。地毛だろ、茶っぽいの。」

そうだね。


茶色い髪がさくさくと細かくなり、顔の横でふわふわ舞った。
すごいね。
昔、隆也が図工で作ったものとか、ゴミにしか見えなかったよ。
ホントに。紙粘土とか、彫刻とか。
へったくそだったじゃん。
でも、すごいね。
隆也も美容師みたいに、髪の毛が切れるんだね。

「『みたい』じゃなくて、美容師だって。」

ごめんごめん。
あ、眠くなってきた。

「寝るなよ。耳切るから。」

眠いよ。気持ちよくて。
なんかさ、隆也のハサミ見てたらあれ思い出した。

「なに。」

うちにあった、わたがし作る機械。
お祭りの屋台にあるようなのをちっちゃくしたおもちゃ、あったよね。
粗目の砂糖入れて、割り箸つっこむとさ、
本当にわたがし出来るの。覚えてる?

「あぁー、あったあった。」

隆也のハサミにさ、ふわふわ私の髪がくっついてくの、似てない?
思い出したよ。
ふぅん、そうやっていろんな人の髪切ってあげてるんだね。

「まあね。仕事ですから。」

偉い。
私は誰にも何もしてあげてなかったな。

「・・・」

ただ、食べて、寝て、遊んで、終わっちゃった。

「真樹には、時間がなかっただけだよ。」

ううん、その「時間」の大切さに気づかなかったってこと。
鈍感だったし、ワガママだったし。
だから、このぐらいの長さの人生でちょうどよかった。

「そんなことない。」

そんなことあるって言え。もう戻れないんだし。

「…そんなことある。」

よし。
空、綺麗だね。
ん、プールの音がする。


「そうそう、すぐそこに小学校あるんだ。あぁ、今日プール開きなのかも。」


髪が軽くなる感覚。
隆也が髪を触る感覚。
空が見えるという感覚。
夏の始まる感覚。

とか。
本当はなにも感じない。ただ、その輪郭を覚えているだけ。
私はもう、隆也にも甘えちゃいけない。
なのに、だめだ。
この世界が好きだったから。


「出来た。うん、いいね。可愛い可愛い。なかなかいい出来だ。」

本当?

「おぉ、もちろん。」

鏡見せて。

「オレが可愛いって言ってるんだから可愛いよ。」

そうだね、信じるよ。
隆也ありがとう。

あぁ、子供達楽しそうだね。


真樹は椅子の上から霞んで消えた。







道路を挟んで少し低い建物の屋上にあるプールから、
子供達のはしゃぐ声と笛の音がする。
隆也は煙草に火をつけ、屋上の手すりに腕を載せた。
プールが見える。
水がゆらゆらと揺れて、光を散らしている。
夏か。
そうだ、祭りのわたがしが真樹は好きで好きで、
親にねだって買ってもらったんだったな。あの機械。
わたがし、そういえばよく作った。

隆也は、手すりに乗せた腕に顔をうずめた。


懐かしいなんて感情なんて、なければいいのに。







屋上に行くのは、
煙草を吸うためと、空を見るためと、記憶を巻き戻すため。

どうしようもならないことを、どうしようもならないけれど、
思い出して、忘れないようにするため。











[PR]
by Dasein100-1 | 2005-02-20 21:51 | 018 セブンスター