カテゴリ:015 真昼( 1 )

015




真昼




光が目に痛い。
粒子が身体に刺さる。
この感じ、苦手なんだ。
刺さった粒子に、ぴりぴりと表面から剥がされていくみたいな。
このまま全てを剥がされて、精神の裏の裏まで光に曝されて、
消される。

なんてね。

ちゃんと時計を見て外にでたつもりだったけれど、
ドアの向こうにあった、予想外にも真昼の空。
まったくもって迷惑。

慣れない目に真っ白だった世界がだんだんと色づき、現れた。
空が青い。




昼が嫌いだ。
なぜって、その押し付けがましさにイライラする。
晴れた日のその強い光が、
カワイイカワイイって言われたい女のようで。
そういうの苦手なんだ。


だからたいがいの時間を暗い箱の中で暮らしている。
一応キッチンもユニットバスもついているけど、
気の利いたソファーとかテレビなんかは無い。
遮光カーテンさえあればいい、それは人ひとりを容れるだけの箱だ。
箱。
特に光は要らない。
水のように揺らめくブラックライトが、最低限の物の在りかを示す。

狂っちゃいないよ。
変な想像をしてもらっては困る。
いわゆる「CG恋愛性癖肥満系ひきこもり男」ではない。
断じてノーマル、痩せ型。

つまり、昼が嫌いなだけだ。あとは普通。
坂本がトマトを嫌うのと同じだ。
木村が尖がったものを嫌うのと同じだ。
ただ確かに、昼が嫌いだという奴には他に会ったことがない。

まぁ、とにかく。嫌なものは嫌です。


あぁ眩しい。
鮮やかな景色に目がしばしばした。
俺はしばらくドアに背中を預けてぼーっとしていた。


真昼か。



光は絶対的です。
逆らえないものには逆らいません。
オトナですから。
箱に帰ることにします。





そのとき、大して感度がいいとも思えない視覚のアンテナが、
その端に不自然なものを認識した。
昼をテーマにした完全な小説があったとしたら、
その229ページ目にある小さな落書きのような
そんな些細な違和感に、体が反応した。

閉めかけたドアから再びすり抜け、フェンスに手をかけた。
マンションの5階から見る景色はいつも90パーセントが空だ。
向かいには同じ5階建てのビルがあり、
晴れた東京の、建築模型のような眺めは遮られている。
視線を、
空。ビルの屋上。5階。4階。3階。2階と降ろしていく。
2階あたりで気がついた、違和感の犯人は街灯。
点いている。
ぼんやりとした白い光が浮かんでいる。
道路に並ぶ街灯をひとつずつ目で追ってみた。
その先も点いている。その先も。
なんだろう、不自然だ。
地面からここまで伝わってくる空気がどこかがおかしい。


夢と現実の区別がつかなくなってしまったような微かな恐怖と、
好奇心の混ざった複雑な高揚感を抱え、
マンションの階段を駆け下りた。


夜。
地上には確かな夜が広がっていた。
ビルやマンションの陰ではなく。
残夏の夜独特の、終わりを予感させる空気が辺りに漂っている。
コンクリートに足音はなく、無口で重い静謐が潜んでいた。
シャッターの降りた店、耳をすませると聴こえる遠くの犬の声、
どこかよそよそしい町の雰囲気。




もう一度空を見上げる。
太陽の場所はわからないけれど、
青の背景と油絵のようにやけにはっきりとした雲がある。



妙な光景だ。


昼と夜の境界線が、間違えて空間に現れてしまったようだ。
時間軸以外に、居場所はないはずなのに。


こんなおかしなことになっているのは自分だけなのだろうか。







たまに思うけど、
どうにもならない世界の終わりに直面したとき、
誰に最初に電話する?
それで、何て言う。


たぶん
テレビでめちゃくちゃ笑える番組を見つけたとか、
試聴したアルバムが最高だったとか、
マンガの単行本がでたとか、
意味無く電話したときのように、
普通に「もしもし」って言って、
それで、結局大事なことは何も言えない。


友達が雑誌に載ってるのを発見したとか、
ハーゲンダッツの新作がでたとか、
薄着で寒いとか、
そんな意味無い電話がかかってきて、
プツリと切れたあとに、もう二度と会えなくなってしまった人がいて、
長い間なんだか腹立たしかったけど、わかる。

いや、わからない。
大事な言葉がぐちゃぐちゃと胸の底にたまったままで、
常に空気の薄い場所にいるような息苦しい生活には疲れた。
ずいぶん前の話だけど。



なぜ今そんなことを思い出したのだろう。
それよりこのおかしな状況を誰かに確かめてみよう。
ジーンズのポケットから二つ折りの黒い携帯をとりだす。。
開くと、手元が画面の光で明るくなった。

ボタンがない。
画面も真っ白に光ったまま何もでてこない。

俺は頭がどうにかなってしまったのか。
気持ちをリセットしようと、音を立てて携帯を閉じた。

両手で包み込んだその器械は、なぜだか急に軽くなり、
徐々に感触が消えていった。
驚いて手を開くと、手のひらの上には小さな黒い虫がいて、
ゆっくりとした呼吸のように光を点滅させていた。
ふと顔をあげると、周囲には同じリズムの光がいくつも舞っていて、
暗い世界を点けたり消したりしていた。
ふらふらと、取り巻く情景を眺めて歩くうちに、
手のひらにいた光も、そっと離れて飛んでいった。

どういうことだろう。

相変わらず鮮やかな真上の空を仰いで、
理由を考えた。








ひとつだけ思い当たることがあるとしたら、
今日は真昼が消えた日だった。

こんな手の込んだことをして。

昼と夜の区別も、
好きと嫌いの区別ももうわかった。
オトナですから。
箱を解体して、光と向き合います。

昼が嫌いだなんて、
好きな子をいじめてしまう小学生みたいに
単純な意地をはっていた。
わからなかった。気づかなかった。


櫻井真昼という子がいた。
3年前世界から完全にいなくなってしまって、
彼女にまつわる全てのことが頭ん中でぐちゃぐちゃになった。


周りにはまだ幻想が点滅していたが、
目を閉じた。
次に目を開けときには、
彼女のせいで曲がった現実が、
彼女のおかげで少しはマシに見えているはずだ。



大事にしていた本の229ページに真昼が落書きをしたとかいう、
そんな小さな意味のない出来事が、
意味を持つ記憶に変わるように、

生まれてきておいて消えてしまうなんて、
そんな理不尽なことも、
意味がないようで意味があることなのだろう。





光が、眩しい。

目の前で猫が散歩している。
どこからか子供のはしゃぐ声が聞こえた。
街灯は消えて、
綺麗な空が上にある。


真昼だ。














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by Dasein100-1 | 2005-01-25 07:20 | 015 真昼