カテゴリ:009 エレファント( 1 )

009




エレファント



生まれつき無感動な僕は、
傷つけるという言葉の意味がわからずにここまできた。

もちろん傷つけられることもわからない。
だから、癒すことや癒されることも知らない。


紙しばいを見たことがある。
題名は忘れた。話の流れも忘れた。
子供向けにしては絵がリアルで、その印象で今も覚えている。
象が出てきた。
飼育係もでてきたから動物園の話だったかな。
痩せこけた象の絵。
先生が言った。
「これは本当にあった話です。」

僕の記憶はそこで途切れている。


つきあってくださいと言われて、はいと答えたことがある。
ある日その女の子は大学の食堂で突然泣いた。
僕はカレーを食べていたスプーンを置き、『ごめん』と言った。
『ごめんなんて思ってないくせに』と言われた。
だから『じゃあなんて言えば』と言った。
彼女は泣き止んで、もう何も言わなくなった。
その出来事の前後がどうしても思い出せない。


最近よく見る夢がある。
腐った象が横たわっている。ハエや羽虫が飛んでいる。
目の前には鮮やかな色をした林檎が転がっている。


別に悪い夢じゃない。
ただ少し目覚めがよくないだけだ。


そういえば僕はよく象を見る。
街で、店で、駅で、車道で。
夢ではない。現実に。
象は人と建物の間をゆっくりと歩いている。
せわしなく車が通る車道をのんびりと歩いている。
混んでいる店の中も、音を立てずに人と人の間を縫って歩く。
僕以外、誰も気付かない。


ある優しい子は、僕のこの無感動な性格を
面白いといって笑ってくれた。
その可愛くない性格、最悪ね。といって笑った。
少し救われた気がした。


僕だけじゃない、みんな辛い思い出を引き合いにして、
美しい物語を作りたがる。
例えば僕は過去に修復できないほどの強い心の傷をうけた、
だから傷そのものを避けるようになった。
それでこんな自分ができあがった。
なんてことを考えてみたけど、残念ながらそんな過去は全く思い当たらない。

付き合っていた彼女は潤んだ目で僕を見ていたけど、
その向こう側に広がっている妄想を強要されてるようで気分が悪かった。


ところで、象の話だけど。
今日僕は渋谷のスターバックスから混雑した交差点を見下ろしていた。
そしたら右の道路から不意に象が現れた。
交差点に向かってゆっくりと進んでいく。
けれどごちゃごちゃとゼブラ路地を行き交う人々はまるで気にしない。
僕だけが息をのんで様子を見守っていた。
3階建てぐらいの大きさのある象がのっそりと目の前を横切っていく。
ガラスを挟んで円い大きな目がすぐそこにあって、僕を見ているのを感じた。
あまりにも大きくて、口を開けたまま固まってしまった。
緩やかな背中のカーブが通り過ぎ、
しっぽがガラスから消えて見えなくなってしまうと、
僕は急いで下の交差点を覗き込んだ。

でも誰も踏み潰されていないし、パトカーも集まってない。


どうしてだろう。
いつも象は僕の目の前を通り過ぎるだけだ。
誰も気付かない。
そして僕はこれからも、
誰も傷つけないし、自分も傷つかない。

「それは、残酷だな。」

無意識に僕はそうつぶやいて泣いていた。
涙が止まらなくて、両手で顔を覆った。
でもなぜ泣いてるかは、いつまでもわからなかった。











[PR]
by Dasein100-1 | 2004-10-28 02:26 | 009 エレファント