カテゴリ:008 パブロフドックと…( 1 )

008




パブロフドックとハムスター



僕の友達は、
観覧車が好きな鼠と、
占い師で網タイツの猫だ。

不運だ。
どうして僕にはマシな知り合いがいないのだろう。
かくいう僕も、赤ジャージを着た柴犬なのだけど。

鼠が言うんだ。

「昨日さ」

「地震あったよね」

「オレずっと」

「これ乗って回っ」

「てるから全然」

「関係ない」

「けどさ」

アイツとしゃべれるのは、
観覧車が一番下にくる数秒だけで、
いちいち回転するのを待ってなきゃならない。めんどくさい。
僕が何かを言おうとするときには、
もう通り過ぎて回り始めるから、会話にならない。

まぁいいや。いつもこんな感じなんだ。


秋だなぁ。空が高いってよく言うけど、ホントだ。
風が吹くと寒くて身震いする。
僕はジャージのジッパーを一番上までひきあげ、
首をすぼめた。


いつもの場所に、小さな台と『占い』という看板がでてる。
猫は水晶に手を置いて、つめに息を吹きかけていた。
暇そうだ。
「ちょっと。」
僕に気付き、猫が手招きをする。
目を細めて僕をじっくり眺め、ため息をつく。

「残念だわ。言いたくないけど。聞きたい?」
聞きたくないけど、どうせ言うだろ。
「うん。何。」
「あんた、今週あんまり出歩かない方がいいわよ。よくないことが起きるわ。見てよ、これ。」
マニュキアで光るつめで水晶を指す。
僕には逆さに映る猫と犬の顔しか見えない。
「ね、わかるでしょ。変なもやもやが見えるでしょ。でもこれぐらいなんてことないわよ。私なんかお金はなくなる、会えば喧嘩、週末は食あたり、らしいわ。」
猫は水晶に息を吹きかけ、きゅっきゅっと肉球で磨いて、
うっとりした目でその透明な玉を覗き込んだ。
そして、何度か一人で頷いてから僕の方を見た。
「ね。」
「ん?うん。」



僕にはろくな知り合いがいない。
煙草ぐらい吸いたくなるけど、
保健体育の教科書に載っていた汚れた肺の写真を思い出し、
結局吸わない。

さて、どうしよう。
新しいジャージでも買いに行こうかな。


駅に向かう道で、白いダウンジャケットとミニスカートの兎がチラシを配っていた。
「どうぞ~」
普段は無視するんだけど。
チラシには
『パブロフドックとハムスター』
とだけ書いてある。

この街に、歩いたことない場所があるなんて。
チラシを手に、地図に沿ってきてみると、
見たことのない店についた。
『パブロフドックとハムスター』

「いらっしゃいませー。」
小洒落た北欧風の内装に、クラシックが流れている。
受付にいたセキセイインコが首を傾けて挨拶をした。
真っ白い肌に金髪。チークの強調されたメイクが愛らしい。
その上つぶらな目をしている。可愛い。
上品な香りがする。
地図と店の名前しか記されてなかったから、
新しいパブかと思ったけど、どうやら違うようだ。

「あの、駅前でチラシもらって。」
セキセイインコが僕に笑いかける。
「ありがとうございます。こちらへ。」
中へ通された。
高そうなソファーには、
スーツを着たヤギと光るものをジャラジャラつけたパンダがいた。
一体何の店だ。
ジャージの犬なんて場違いなんじゃないの。

「お待たせしました。」
奥のドアから眼鏡をかけたハムスターが現れた。
人のよさそうな中年ジャンガリアンだ。
ヤギとパンダが深く会釈をする。慌てて僕もそれに合わせてしまった。

「いやいや、リラックスしてください。
それにしても秋も深まってきましたね。皆さんはいかがお過ごしですか?
ワタクシは今朝あまりに冷えるものですから、
パジャマの上に新聞を体に巻きつけて暖をとっていたのですよ。
そしたら妻に『ハムスターじゃないんだから!』って怒られましてねぇ。」

ヤギとパンダが声を揃えて笑う。
ドアの前に立っていたインコも笑っていた。
今の話、笑うポイントだったのか。

「ところで早速ですが、皆さんパブロフドックはご存知ですか?」

ヤギとパンダが顔をあわせて、『さぁ』『存じません』とか言い合っている。
僕はインコに視線を送る。暇さえあれば彼女を見ているのだが、
目が合うと決まって笑いかけてくれる。
なんて可愛い子なんだ。

「20世紀初期、旧ソ連のイワン・ペトローヴィッチ・パブロフという学者が条件反射説というものを提唱しました。それはこのような実験により、実証されたものです。」

インコがつかつかとハムスターに歩み寄り、真後ろの白い壁にポスターを広げて貼った。
そこには変なヘルメットをかぶった犬が、餌を目の前に舌を丸出しにしている絵があった。

「彼は餌を与える時に必ず、メトロノームを鳴らすという実験を続けました。するとメトロノームを鳴らしただけで、餌はなくとも唾液が出るということを発見しました。これが条件反射です。この実験で、パブロフは一躍有名になりました。」

へぇ。
ヤギとパンダが大げさなリアクションをする。『ほぉ!』『まぁ!』
急に温厚なハムスターが大きな声を出した。

「皆さん!騙されてはいけません。この極悪人はこんな非情な実験で一人富も名誉手に入れ、英雄気取りです。許せますか、こんなこと許せますか!」

ハムスターがバンッとポスターの上から壁を叩く。
パンダが悲鳴をあげる。ヤギが拳を握り締める。
僕は驚いて背筋を伸ばした。

「君、被害をこうむった彼と同じ種として怒りを感じないか!」
すごい剣幕で話をふられて、思わず唾を飲み込み頷いてしまった。

インコがA4サイズの紙を配りだした。
「ワタクシ、こうした世の中の間違った風潮を改める運動をしています。
誰かがやらねばなりません。決して他人事ではありません。
ここから一緒に始めましょう。」

配られたペラペラの用紙には、なんだかワケのわからないことが書いてある。
動物実験断固反対、愛護教育推進活動…チャイニーズか?
文書のしめには

非営利団体『パブロフドックとハムスター』

いや、おかしいだろ。
このネーミングはおかしいだろ。

「活動支援一口5万円です。」
インコが微笑みかけてくる。
あぁ儚い恋だった。


僕は店をあとにした。
あのインチキ占い猫も、たまには正しいことを言う。
今週は家でガーデニングでもして過ごそう。
どうせ来週も、
観覧車の鼠に会いに行くぐらいしか予定はないのだ。



「ねぇ最近」

「見なかったけど」

「なにしてたの」

「オレずっと」

「これ乗って回っ」

「てるから全然」

「関係ない」

「けどさ」









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by Dasein100-1 | 2004-10-25 01:44 | 008 パブロフドックと…