043




ドロップ



どうにもこうにもドロップのフタがあかない。
円くて金色のそれは
ぴったりと缶に吸いついていて、
頑張っても頑張っても爪がカリカリと縁をかく。


頑張るのに飽きて、
缶を上下に降ってみる。

ガラガラ ガラガラ

ガラガラ ガラガラ


この中にドロップがあるのに。



いつのまにか、
ドロップがないと生きていけない体になってしまった。


歯が溶けるのを気にしながら、
朝起きた瞬間から夜寝るまでの約18時間。
口の中にはいつも、どんなときもドロップがある。
ずっと舐めている。

きっかけは寂しさだった。
寂しくて仕方がないときがあって、ドロップにはまった。




去年のこと。夏が終わるころ。犬を失った。

それはとても自然な成り行きで、
予想もできて、気持ちの準備もできる、静かな出来事だった。


その「チビ」という名前の犬がまだ子犬だった頃、ドロップをあげたことがある。
放り投げられたドロップを、無邪気に飲み込んだその犬は、
苦しそうに喉を鳴らしゲホゲホと犬なりの咳をした。
そして目に涙をためて、
少し溶けかけたドロップを吐き出した。


15年も生きてしまったその犬を失ったとき、
そんなことを不意に思い出した。

15年も生きてしまうなんて。


「チビ」という犬を失って、どうしようもなく寂しくて、
寂しくなくなるなにかが欲しかった。


犬とドロップの関係は思い出す限りたったそれだけだ。


だから、それはただのきっかけで、

この体はもともと
ドロップがないと機能しない仕組みを潜在させていたのだと思う。



『依存』というのはそういうものだと。
ドロップを切らした体が教えてくれる。




どうにもこうにもフタがあかない。

なんだか手が震えてきた。

なぜこの金色のフタは、頑なにドロップを外に解くことを拒むのだろう。

缶を硬い机に打ち付ける。

ダメだ。

外に飛び出し、アスファルトに缶をうちつける。

なんども、力いっぱいうちつける。



衝撃でフタがあく。

赤や緑や白や黄色のドロップがアスファルトに散る。





どうでもよくなった。
そんなにこれが欲しいわけじゃない。



次に何を必要とすれば生きていけるだろう。
散らばったドロップのそばに座って考えた。


考えて考えて考えたけれど答えはでなくて、
ドロップは残暑のじりじりとした熱に溶けていき、
アスファルトの上で小さな色の円い世界を歪ませていた。


ドロップが溶けてアスファルトに完全に染み込むまで
考えて考えて考えたけれど答えはでなくて、
ぼんやりと考えすぎた私は
残暑のじりじりとした熱に溶けていき、
ドロップになり、
アスファルトに溶けた。





日が落ちて、何も見えなくなった。


アスファルトに溶けた私は、
地平線に混ざり合ったためにまっすぐ空を見ることが出来る。

星が出ていた。

もう生きていくのに必要なものを探さなくていい。
それはなんて心地いいのだろう。




遠くから茶色い犬が歩いてきて、
甘い味の付いたアスファルトをぺろぺろと舐めた。
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by dasein100-1 | 2006-06-26 02:30 | 043 ドロップ