041



猫か海か





車の下に猫がいた。

彼は、押入れの中のドラえもんのように、
その場所がまるで自分の居場所だと信じていて、
無防備に寝転がっていた。

車が彼の上から去ったとき、
鳴くよりも前にびくっと身体を硬くして、
辺りを見回し、
全速力で駐車場の隅の草むらに走って身を隠した。
そこでやっと悲しそうにニャーと言った。




それで僕は、海へ行くことにした。
脈絡はないけれど、それはルールなのだ。



実のところ、
僕は生きている時間の98%は海へ行きたいと思っている。
でもその欲望に従順になってしまったら、
もっぱら不便なことになってしまう。
そういうわけで僕はあるルールを決めた。


猫に会ったら、よしとしよう。



どうしようもない気持ちを許すのは、

「ものすごく頻繁に起こるわけでもなく、
 でもじりじりとそれを待つほど起こらないわけでもない。」

ことにしようと決めた。

それで、
いろいろ考えて、ちょうどいいのが猫だった。


猫に会ったら、海へ行ってもよしとしよう。




青い車の下にいて、
心地いい居場所を失ったあの猫は、
今日の僕の欲望を許すために、
散歩ルートにある何気ない駐車場に現れて、
そんな小芝居を演じてくれたのだと思う。




海へは歩いて行ける。
海に近づくと徐々に風が強くなってきて、匂いがそれらしくなった。
今日は空として全体に薄い雲がかかった暖かい日で、
なにひとつ風景に不穏なものがなく、
できすぎていて怖い。



わりかし、そういう気分になる。
たぶんもっと前はもっと素直に物事をみていたのだけれど、
どういうわけか最近は、
怖かったり、不安だったり、
びくびくしていて、
とても楽しいことがおこるよりも、
とても悲しいことがおこらないためのやり方を考えている。



不安定なことが安定になってしまうまえに、
もっと優れたバランス感覚が欲しいと思っている。

そういうわけで猫に固執しているのかもしれない。



本当のところ、猫は好きでも嫌いでもない。


でも、猫と海のルールを決めてから、
僕にとって大事なのは、
猫なのか海なのかわからなくなってきた。






砂浜でさっきの青い車を見つけた。
運転席には誰も乗ってなかった。




せっかく海にきたので、昼寝をすることにした。











ふと意識が戻ると、車の下に僕がいた。

僕は、押入れの中のドラえもんのように、
その場所がまるで自分の居場所だと信じていて、
無防備に寝転がっていた。


そして突然、車が動き出して、いなくなった。


僕の上で、あったはずの温度が急に消えた。
ひどく動揺して、
鳴くよりも前にびくっと身体が硬直した。

慌てて辺りを見回したけれど、
やっぱり何も無くて、
全速力で海岸脇の草むらに走って身を隠した。

そこでやっと悲しそうにニャーと言えた。











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by dasein100-1 | 2006-05-12 07:14 | 041 猫か海か