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アスファルト





「みんな沈んでしまえばいいのさ。」


高橋の口癖だ。
伊藤が乾いた笑いで同調する。
俺は特に何も言わない。

高橋が赤い自販機の前で立ち止まる。
伊藤はかまわず先を行く。
俺は歩くのか止まるのか中途半端な動きをして、
2人の間にいる。


ガラガラガラ ガコン

缶の落ちる音が聞こえる。



暑い。
30度をゆうに超えている。

体がだるい。

夏だから、なんだ?
窓を全開にして気に障る音楽を大音量で垂れ流した車が横を走り過ぎていく。
背中がばっくり開いた服の女が歩いている。肩紐と日焼けの跡がずれている。

俺は家に帰りクーラーの中で眠ることしか考えてない。


振り返ると高橋は350ml缶を垂直に立てて飲み干していた。
空いた缶を、先を歩く伊藤に向かって投げる。
中身の無い缶は空気抵抗で情けないほど勢いを無くして、
伊藤に届く前に道路に落ちる。


コンッ


無意味で、軽くて、中身のない音だ。


高橋は何も無かったような顔をして歩き出す。
伊藤は振り返りもしない。
俺は空き缶を拾う。


高橋、伊藤、俺は、
24時間営業のディスカウントショップでバイトをしている。

深夜組として入るメンバーはたいてい同じで、
正直、この2つの顔は見すぎて飽きた。

深夜、といえども仕事からあがるのは昼過ぎだ。
つまり、1日12時間以上、
人員不足のためほぼ毎日働いている。



「アイツら全部沈んでしまえばいいのさ。」

高橋の口癖だ。
駅前には、浴衣を着た男女がいる。
今夜はこの近くで花火でもあがるのだろうか。

「もっと他に言うことないのかよ。」

「あるわけ」

「ないよな。」

伊藤は爬虫類のように顎を伸ばして欠伸をする。
俺は空き缶用のポリバケツを見つけて、缶を捨てる。




「みんなアスファルトに沈んでしまえばいいのさ。」

高橋は空ろな目でそういった。


「子供一人殴り倒すだけの腕力もないくせに。」

伊藤はそう言って笑い、さっきの残りかすのようなな欠伸をした。
高橋は眉を寄せ、不可解な顔をした。


「殴り倒す?」

「高橋相当ストレスたまってんだな。
 本当にできるなら一人か二人アスファルトに沈めてこいよ。」



高橋はさらに眉を寄せ、首をかしげた。

「なんでそんな疲れることしなきゃなんねぇんだよ。」


駅のロータリーは広く、9割が黒いアスファルトでできている。
30度をゆうに超える熱が視界を揺らして、
地面と空気の境界線が曖昧になる。
陽炎か。




「アスファルトの下だよ。」

アスファルトがぐにゃりと揺れる。
黒くて濃い液体が愚鈍な動きで緩い波を立てる。
いつも見上げていた駅前の時計塔がいつの間にか同じ背丈にある。
並んで立っていた男女が傾き、ずぶずぶと、ゆっくりと、視界から消えていく。
高橋はふと上を見上げた。
俺もつられて上を見た。
6階建てのビルが5階建てになり、4階、3階、2

視線が地平線と平行になり、
今目の前の伊藤の体が腰、胸、肩、首、


「沈んでしまえばいい」





同感だな。

でもアスファルトの下は思った以上に暑い。

俺は家に帰りクーラーの中で眠ることしか考えてない。








by dasein100-1 | 2006-01-31 23:47 | 034 アスファルト